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タバコが切れた。 買いに行こうか、寝てしまおうか。 迷っていたら電話が鳴った。 「もしもし」 『安田、会いたくないか』 いやな声。 露骨に顔をしかめた千秋のことを勘付いたか、 電話の向うの高坂が笑っている気配。 「いまどこ?」 言いながら、 車のキーを取り上げてるのはちょっとおかしいと自分でも思う。 高坂が応える地名は、 幹線道路をぶっ飛ばせば三十分で拾いにいける距離だ。 「しかしお前さん、辺鄙なとこにいるね」 高坂は返事しなかった。 「しゃーねえ、行ってやっから適当なとこで待ってろよ」 『じゃあ、近くに来たら電話をくれ』 「え?ああ」 電話を切ってから、千秋は思わずニヤリと笑った。 携帯、使えるようになりやがった。 街灯もまばらな県道で、 そこだけが煌々と昼のように明るい自動販売機の前、 幻のように高坂は立っていた。 そして、ごめんもありがとうも言わず、 当然のように助手席に乗り込んでくる。 「どうよ、便利だろ、携帯」 言う千秋を流し見て、高坂は艶然と笑った。 (あ、返事しやがらねえ) ちょっとは文明の利器を認める気になったのか。 気分だけ勝ち誇って、千秋はクルマをスタートさせた。 「俺のアシ代は高いぜ」 「それについては報酬がある」 高坂はごそごそとコートのポケットを探り、 ブラックの缶コーヒーを取り出した。 「やすっ!時給百二十円かよ」 「何もないよりよかろう。 いま持ち合わせがなくてな」 要するにタクシーも使えなかったのだ。 暗示を使えばいいのに。 千秋の心の声が聞こえたのか、 高坂はふふっと笑い、ドアに肘をついた。 か細い県道が、 どこか夢の中みたいなけばけばしいオレンジ色の 街灯に照らされた国道に合流し、 道沿いの店が掲げるにぎやかなネオンが窓の外を流れていく。 夢見るようなまなざしで行く手を眺め、 色の白い横顔にその光を反射する、 千秋はその美しい様をときどき盗み見ながらアクセルを踏んだ。 車がマンションの地下駐車場に滑り込む。 「はい、とーちゃーく」 サイドブレーキを引きながら、 千秋は飲みかけの缶コーヒーを飲み干そうと持ち上げる。 一口飲んだところで、 「なに?」 真顔でまじまじと横顔を見つめられているのに気づき、 怪訝そうに尋ねると、 高坂はニヤリと笑った。 「なんだよ、気持ち悪いな」 次の一口を飲んだとたん、 そっと冷たい指で手首をつかまれ、 もうかたほうの手で頭をかかえられる。 わ、と思う間もなく、 いきなりキスされて口の中にふくんだコーヒーを奪われた。 「な、な、なにすんだよ!!」 くちびるに割り込む、 なめらかで温かい舌が異様に気持ちよくて、 千秋はかっと赤くなった。 高坂は勝ち誇ったようにあでやかに微笑むと、 携帯の発信履歴をかざす。 「往復で58分」 時給はコーヒー一缶分、 だから、 ひとくちかえせ。 |