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窓を開けると、水気を含んだ濃い緑の匂いが車内を通り抜けていく。 夜の山特有の引き締まった冷たい空気を裂きながら、車はなめらかに蛇行する山道を滑り、街へ向かっていた。 ここから直江の住む宇都宮までは、山越えをしてだいたい一時間の距離だ。 シートを倒し気味にして、まだ痛む胸の呼吸を楽にしながら、直江はふと気づいて声をかけた。 「高坂、おまえの宿体、若く見えるが」 「なに、検問などやってる時間ではなかろう」 チラリと直江を見やりながら、高坂は自信たっぷりに応えた。 (やっぱり……) どう贔屓目に見ても高校生だ。 直江は目の前が一段と暗くなったような気がした。 「どうしてあそこにいた」 「前々からチェックは入っていた場所だからな。 そろそろ動きがあると思って張っていただけだ」 「それにしてはタイミングがよすぎないか」 高坂は行く手を見つめたまま2,3回瞬きしてから、怪訝そうに直江に視線を向ける。 「貴様、まさか昨日がどういう日か知らずにあそこに行った訳ではあるまいな」 直江は黙って高坂を見つめ返す。 あそこにいたのは、国道の抜け道になっている山間の県道に、怨将と思われる鎧武者の目撃談が激増し、事故が続発したことを受けての偵察だ。 そこでたまたま墓を暴かれて出てきていた大元の霊体を発見し、戦闘になっただけで、特に意味などなかった。 高坂は呆れたように、また鼻を鳴らす。 「貴様ら、どこまで悠長なんだ」 「日付とはどういう意味だ」 「ここら一帯の戦があったのが昨日の夜、つまりは命日だ。 毎年、ふもとの神社でこの日に慰霊祭をやっているらしいが、観光客目当てに来週の週末に慰霊祭が移動したようだな。 一番強力に力を出す命日の上に、どこかのバカに墓を荒らされ、おまけに供養の祭りも延期されたときたら、様子はだいたい想像できる」 直江は黙って天井を見上げた。 高坂がわざとらしいため息をつく。 「油断かと思ったが、下調べ不足だな。 まあ、バカもいいが、そんな事で景虎を無事見つけ出せるのかな」 直江は唇を噛んだ。 「見つけ出してみせる」 「心意気だけはあるわけだ」 高坂は哀れむような笑いを浮かべる。 「お前はもう生きることさえ止めるのかと思っていたが」 「景虎様は必ず見つけ出す」 直江の言葉に、高坂は不意に真顔になった。 「いなかったらどうする」 「そのときは、私の存在意義などない」 「理解できん」 唇をへの字にまげて、高坂はカーブを曲がりきったところで車を止めた。 ハンドルにもたれ掛かりながら、直江の顔を覗きこんで意地悪く尋ねる。 「腕の傷、まだ増えているのか」 直江は顔をしかめ、窓の外に視線を投げた。ガードレールの下は深い闇のたゆたう崖のようで、さらさらと水音がしている。 「そんなこと、お前の知ったことではない」 「四百年付き合いのある私でさえ理解できんほどだ。 貴様の荒れっぷり、宿体の家族はほとほと手を焼いたろうな」 口元に笑いを浮かべた高坂の言葉は図星だったが、そんなことは己で百も承知だった。 直江は歯を食いしばる。こいつに言われるまでもない。 しばらく沈黙が車内を支配し、がけ下の渓流と、ハザードの音だけが時間が流れていることを教える。 「まあ、仕方ない。 せいぜい頑張ることだ」 高坂はまた一人つぶやくように言うと、ハザードを止めてウィンカーを点滅させ、また車を動かし始めた。 「見せしめに境内まで送ってやろうか」 「遠慮する」 直江は言いながら、ぎしぎしときしむ骨の痛みをこらえつつ、深い傷がいくつも刻まれた手首をさすった。 景虎探しはあきらめるつもりはない。 高坂ごときに、軽々しく口にされたくもない。 景虎への想いや願いが、どれだけ強いかなど、たとえ夜叉衆であろうとも理解されることはないだろう。 この数十年、身を引き裂くほどの強いねがい。 会いたい。あなたに。 不意に、 「闇は夜明け前が一番深いという」 高坂はニヤリと笑いながら、その華奢な指で山の向こうを指差した。 「夜明けだ」 山の端にかかる金色の光に、直江は目を細める。 まだ祈ることしかできないが、昇る太陽の下、 (どこかで貴方が眠っていますように) |