それの効能


「基本的に子供は作るに限る、」
 高坂がいきなりそんなことを言い出すから、
 千秋は狼狽してリビングの椅子からずり落ちた。
「なに、なんでいきなり」 
 と問えば、高坂はTVの画面に目をやったまま、淡々と説明する。
「基本的に宿体は借り物で、
 満足に畳の上では死ねないのが基本だろう。
 いちおう数的に辻褄をあわせておくのがいいかと思って」
 一人死んでも、一人作っておけばプラマイゼロ?
「ほほう」
 千秋は目を細める。
 そういえば戦国武将・高坂弾正昌信の息子も 武将として戦場に散ったと聞いた。
 こいつにも父性愛とか、あるんだろうか?
 立ち上がって、居間のソファ、
 高坂にいちばん離れたところに腰を下ろしかけ、
「あ」
 千秋はふと思いあたり、ニヤリと笑いながら高坂の横に座りなおす。
「なにそれ、言い訳?こないだの」
 数日前の新宿の雑踏、
 高坂の横に立っていた、抜けるように白い肌の少女。
 目撃したけれど、二人の間に流れる空気に割り込めない気がして、
なんとなくその場を離れ、その途中高坂の鋭い瞳と目が合った。
 そんなことがあったのだ。
 「愛とか恋とか、切り捨てるのはおまえさんの勝手だけどさ、
 生殖だけっての味気なくねえ?」
 少女の、憂いを湛えた瞳は距離があっても十分印象的だった。
 うつむいた白い顎とか。
「アホか」
 とたん、しらけた様に高坂は吐き捨て、ソファを滑り降りて床に座る。
「へ?」
 豹変振りに千秋は拍子抜けし、
自分もソファを背もたれに、床に座って目線をあわせた。
「あれは妹だ。この宿体のな」
 高坂は忌々しげにはき捨てて天井を仰ぐ。
 とたんに元気を取り戻し、
「仲良しじゃん。高校生?」
 身を乗り出す千秋に、高坂は魔性の微笑みを向ける。
「教える義理はないな」
「確かに」
 柄にもなくあっさりクールダウンしたのは、
考えられるあれやこれやより、また新井公彦を義理の兄とすることより、
いろいろ面倒なことに思い至ったから。
「愛とか恋とか、子供ねえ」
「すこしはまじめに考えたほうがいいんじゃないか」
 いけしゃあしゃあと高坂は言う。
「なんでおまえに説教されてんだろ」
 千秋は釈然としない気持ちでタバコに手を伸ばし、はっとして手をとめた。
「……忠告ありがとよ」
 いつもの銘柄が売り切れだったタバコはメンソール、
「いろいろ、試してみようかな」
 いそいそと高坂に擦り寄るも、
冷たい足の裏がメガネを吹き飛ばし、
高坂の顔も世界も全部がぼやけて、タバコもその気も霧散した。

>>>BACK>>>