直江といて何がいいかというと、打ち合わせでまずいメシを食わされた記憶がない。 その日に行った神楽坂のすし屋も入り口の壁が全部が畳敷きの個室で、出てくる料理にいちいち丁寧な説明のつく料亭のような雰囲気の店だった。 打ち合わせの内容も重たくなかったので、気分がいい。わりとうまく行っている案件の報告であったこと、のほかにも直江が鬱に入ってないっぽかったことと、直江と景虎の痴話的な相談が含まれていなかったことと、景虎ののろけが含まれていなかったこと、の三つくらいの理由がある気がする。 車を取りにでた直江を待って、入り口の生簀の前で鯛をからかっていると、不意に水槽の壁の向こう、見知った姿が横切った。 「あ」 向こうも同時にたぶんそう言った。と思う。 思う、というのは相手が分厚いガラス水槽の向こうにいて、声など聞こえようもない距離だったせいだ。 生簀は奥座敷へ繋がる廊下との壁代わりになっていて、奴のいる廊下にいくには一旦店の奥まで行かねばならない。誰かに呼ばれたらしく、相手はいつものように紅い唇に薄笑いを刷いて身を翻してしまった。背中を睨む千秋の視界ににゅっと河豚が顔を出し、水の向こうのその姿を遮る。ぼこぼこと上がっていく酸素の泡と、生簀の中で泳ぐまぬけ面の河豚、そして水槽に移りこむ苦々しい表情の自分だけが残された。 「どうした、長秀」 呼ばれて振り向いたら、よっぽど苦い顔をしていたようで、その表情を見た直江が眉を寄せた。 「飲みすぎたか?」 「心配されなくても、オメーのベンツには乗って帰らねえよ」 直江は深刻な話題でないのを察したか、表情を緩めて後ろを振り向く。 「高耶さんたちが新宿で待っているらしいが」 「飲むの?」 「晴家はやる気だ」 直江は目を合わせない。千秋はため息をついた。 「いいけど、俺あした用事あるから朝までは付き合わないぜ」 「そのへんは自主判断で」 要するに、時間が許せば許すだけ、景虎といたいんだな。 千秋は肩を竦めて、もう一度振り向いた。 「どうした?知り合いでもいたか」 「いたよ」 千秋は目を細めた。 「高坂」 「高坂?」 直江も同様の表情になる。 「お前、あいつと変な縁があるな」 「言うな。絶対認めねえ」 千秋はぶるぶると首を振った。 |