東京。 五月らしいうららかな陽射しが、新緑の木々から透けている。 目を細めながら、武田由比子はセーラー服の裾を翻し、いつもの通り通学路のショートカットとして使っている公園に踏み込んだ。 と、ふと気づいて立ち止まる。 噴水の向こう、見覚えのない青年が肩に鴉を止まらせ、じっとこちらを見ているのだ。 (なんだろう) なぜか見覚えがあった。 上品な顔立ち。 黒い髪にはっとするほど白い首筋のコントラストがまぶしい。 だが、その美貌は、この朝の日差しには似合わない、少し陰に篭った感じがする。 (どこで会ったことがあるんだろう) 駅の電車で一緒ならば、登校時の話題になるほどの青年だ。 おそらくすれ違ったくらいなのだろうが、あまりに綺麗だったので覚えていたに違いない。 青年が身じろぎした。 トレンチコートのポケットに手をつっこんだまま、こちらに体を向ける。 赤い唇が、妖艶な笑みを浮かべていた。 バッと鴉が飛び立つ。 由比子は気おされたように後退った。 ふっと彼が手を上げる。由比子は吸いつけられたように、その白魚みたいな指先から目が離せなくなっていた。 「来い、武田由比子。 わが御館様の憑坐として」 (なに……どういうこと?) 叫び声を上げる間もなく、由比子の膝が崩折れる。 そしてその瞬間、由比子の脳裏にこの青年の記憶が蘇ったが、言葉になす間もなく、彼女の体は青年の腕の中にあった。 昨日の夜。 塾の帰り、公園を通りかかった由比子は、街灯の下に身動きする影を見つけ、思わず身をすくめた。 が、振り返った人影があまりにも綺麗過ぎて――そして、彼の握る栄養ドリンクの瓶が似あわなすぎて、すぐに感想が出てこなかった。 目が合って、青年は一瞬ハッとしたように目を開いたが、目元に微笑を浮かべ、くずかごに瓶を投げ捨てて歩み去る。 (なんだろう、あの人) あれだけ綺麗な人だ、ホストか何かかしら。 それにしても栄養ドリンクを飲むかっこつけの美青年の図がちょっとおかしくて、由比子はこみあげる笑いをこらえながら家路についたのだった。 信玄の廟所が壊され、長野県松本で不可解な事件が起こる――その二日前のことであった。
◆ごめんなさいごめんなさい。それだけなんです。
<モドル>
|