おもいだせるおもいだせない


心臓がどきどきしている。体の昂ぶりが痛いほどだ。
「こんなことしやがって、分かってんだろうな」
「安田、簡単に宗旨替えか。
 それとも思い出したとか?」
 高坂が浮かべる、格段になまめかしい笑い。
 その目に捉えられたとたん、唐突に脳裏にフラッシュバックした情景に、千秋は思わず仰け反った。
(これ……!)
「思い出したなら分かるだろう。
 時代に流されても真実は一つだ」
 高坂のまなざしが、真剣なものに変わっている。
「人はいつも体を求めるものだ。
 男か、女かなど、長い歴史の中では軽々しい線引きだと」
「でもあれは……!」
「嘘だとでも言うのか」
 千秋の手が震え始めた。
 もう百年は昔、この男と……、
「からだは消えど熱は残る。
 あれは嘘か、真か。
 ……からだだけに囚われるか」
 高坂の声だけが響く。
 朝の光に満ちていたはずの部屋は、いつしか暗黒に支配されて、千秋が捕らえられるのは高坂のガラスみたいな黒い目だけだ。
「そうだ、あのとき抱いたのは体だけだ」
「なるほど、では魂はどこにある?」
「魂?」
「己がものも抱かれたものも。
 体だけも魂だけも、至極不自然だと思いはしないか?」
「魂、……」
「考えてもみろ。
 たとえば直江が景虎を求めるならば、魂だけを捕まえておけばいいのだ」
 いますぐ宿体を追い出してでも。
 千秋は眩暈を覚えた。
 えーと、体が男と男でも、たとえば女と女でも?
 魂がなければ、しかし体だけの関係というのは成り立たないのか、魂がかならず介在するのなら、おれと高坂は。
 いきなり携帯電話が鳴り出して、千秋ははっとした。
 視界がブレながらもゆっくりと、光の描き出す陰影をとらえ、そこが暗黒じゃなかったのを思い出させる。
 鼓動はいまだ激しく、締め付けられたような肺は空気を求めるが。
 綾子からの呼び出し音がぷつりと途切れてはじめて、己を取り戻した千秋は、高坂をにらみつけた。
「てめえ、あれ、術……!」
 ベッドから降り立ってリビングへ歩き去りながら、
 ふふん、と鼻先で高坂が笑う。
「安田、なまりすぎだ。
 酒には呑まれたくないものだな」
 背中に軽蔑。
 千秋はその後姿に枕を投げつけようとしたが、力がはいらず、へなへなベッドに倒れこんだ。

「まあせいぜい養生しろ」
 笑って言いながら、ウエストバッグをななめがけした大学生姿の高坂がリビングを横切っていく。
 とんとんとつま先を床に叩きつけてスニーカーに足をおさめる音のあと、玄関扉がぱたんと閉まり、今度こそ部屋の中は誰もいなくなる。
 千秋は痛み出した頭を抱えながら、力なく拳を枕に叩きつけた。
 思い出したことはともかく、それに付随して思い出さないようにしてたことがたくさんあるのを思い出してしまったではないか。
(引きかえせなかったらどうしよう)
 願わくば、時代の流れが自分を現時点ノーマル、という価値観でひきとめておいてくれますように。
 価値観の大転換なんか、いまさら面倒でやってられない、だけど、
(戻ったほうが楽、だったら嫌な話だよなああ……)
 千秋はながいながい溜息をついた。


◆ウェブ拍手より頂いたリクエスト、

 >あくまでも自分はノーマルだと言い張る千秋と、
 >それを承知でからかう高坂の話
 でした。
 無駄に長くてごめんなさい。

 呑み会のシーンは構成という考え方でいうと
 削ったほうがいいんだと思うんですが
 書いてて楽しかったので残しました…。すいません…。

|<もどる>|