持ち上げた体が、あまりにも軽くて拍子抜けする。 こんなスカスカの細っちい体で、憎たらしいほどの『力』をよくも操るものだ。 ベッドに投げ込んで布団をかけてやる。唇が赤いと思ったら、噛み締めて血が出ているのだ。 「なんでこんなことした」 低く尋ねると、高坂は薄く目を開けて首を振った。 抱え込んだ思念を押さえるのでいっぱいいっぱいなのだろう。 浄化されずに踏みとどまっていた魂は、ただの想念とはいえ、そんじょそこらの浮遊霊とは訳が違う。 「仕方ねえな」 高坂の額に手を当てて、千秋は低く浄化の呪を唱える。 多少は楽になるはずだ。高坂自体が成仏してしまう恐れはないだろうし、あっても一石二鳥なだけだ。 「伝染るぞ」 再びうめくように言いながら、高坂は唇に笑いを刷く。 (余裕ぶってやがる) 千秋は憎憎しげにその顔を睨みつけたが、掌を介して襲ってきた、想念の渦のあまりの早さに飲み込まれそうになって驚いた。 (やばい!) 思うと同時、千秋は自分が前のめりに倒れるのを感じた。布団に倒れこみながら肩で息をする。 セーブできない、この想いの強さはなんだ? 『カエリタイ』 『ミヤコヘ』 『カエリタイ』 『ダレモイナイ』 『ダレモイナクナッタ』 凄まじいまでの故郷への慕情と孤独。 高坂はこんなものを引き取って、一体どうするつもりなのか。 不意に高坂が動く。体をひっぱられ、唇が重なった。 「!」 驚く間もない。千秋に移った残留思念が、一瞬で合わさった高坂の赤い唇に吸い取られていく。 すべてを吸いとられた瞬間、千秋はざわっと体が粟立つのを感じた。 (……こいつ、キス上手え…!) 敗北感に似たものを感じながら、思わず癖で腰に手を回す。 唇は血の味。並みの女よりも細い腰。 冷たくなった体が震えている。 「ぷは」 名残惜しいような気持ちを残し、数ミリグラムだけ残っていた理性を総動員して、ひきはがすように唇を離すと、高坂は千秋の胸に倒れこんだ。 さすがに肩で息をしている。肩が痛いほど、千秋の体をつかんだ指が肌に食い込む。 だが、想念は完璧に押さえ込んだと見え、 「おのれ、簡単には納まらぬな」 舌打ちしそうな声で言いながら、高坂は千秋を突き放し、枕に頭を預けた。 「大丈夫か」 さっきの想念がちょっとだけ伝染ったものだとしたら、高坂が体に抱え込んだ大もとの想念は、もっと巨大で邪悪なはずだ。 高坂はそれでも笑ってみせる。 「油断しただけだ」 「おまえらしくもねえ」 千秋は鼻で笑って、冷たい体を抱きしめた。 高坂の横顔が、やけに寂しく見えたから。 「情けをかけるなんてこともするんだな」 「時と場合によっては、だ。 今回はこちらが隙を見せたから、まあ痛みわけだ」 ぼそぼそと話す高坂の息が胸にかかる。 「あんだけ旧い怨霊と、そんなに親しかったわけ?」 「因縁というものはめぐるものだ」 高坂の口の端は自嘲なのか、諦めたような笑いが乗っかっていた。 目を閉じて仰向く目から涙が落ちて、それはたぶん高坂のものではないのだろうが、千秋はぐっと息を飲んだ。 「まあ、泊まってけば」 高坂は黙って頷く。 (安田は人が好すぎる) 人の温もりを思い出す。 千秋の手が優しく髪をなでている。 目を閉じて、高坂は深く息を吸った。 他人のものとはいえ、しばらくぶりの心の揺れが、己の体を通過して浄化されていく。 (私の生はいつ終わるのだろう) いつか訪れるその瞬間、この温もりを思い出せるといい。 高坂は心のどこかで思いながら、尾を引く故人のノスタルジア、自分を置いて浄化していく魂の歌声を抱きしめるように眠りに落ちた。 |