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自棄になっている、と自分でも思う。 青白い鬼火のように光を放つ、怨将たちの残留思念を見詰めながら、直江は無表情に立ち尽くしていた。 まだ夜も早い。 いかに山奥の墓場とはいえ、ふもとにいたる道は、どこかへの抜け道なのか交通量が多い。 ほかの車にすれ違わずにに山を降りるのは困難だろう。 もう少し時間が経ってから下山するのが得策だ、そう判断して、直江は墓場の中ほどの、荒れきったお堂に足を踏み入れた。 かろうじてついている格子の扉を閉めようと振り返ると、夜空に白い月が冴えている。 今夜は満月。不吉な満月。 そう、あの人は月のような。そこにあるのに届かない。 でももうその存在、それさえもが定かでなくて。 いまはただ疲れだけが体を苛む。 (生きる死人だ) 毎日、ただ宿体の寿命を消費している。そんな気がする。 闇に慣れた目とかすかな月明かりで室内を見渡すと、お堂の奥に昔は仏像でも安置していたのか、台座だけが残されている。 埃まみれの狭い板敷き。 その風景に、直江はまた胸に痛みを覚えた。 あなたがいなくなるまで、この400年、こんな場所に宿をもとめ、何度ともに眠っただろうか。 手を伸ばせば、眠る貴方に触れられるほどの距離で。 不意に、濃い闇の奥から人影が浮かび出た。 ぎょっとして体を強張らしたが、その顔に見覚えがあるのに気づいて、安堵と不吉と、両方の感情にさいなまれる。 その人影は、高坂だった。 学校の制服だろう、白い半袖の開襟シャツが闇に映える。 「なぜここにいる」 直江の問いに、 「お言葉だな。 貴様の見事な戦いぶり、見学させてもらったまでよ」 高坂はより嫌味に言葉を選ぶ。 先ほどの、力を振り回すだけの消耗戦を皮肉られたのだ。 直江は顔をゆがめ、戦闘の構えをとる。 「相変わらず血の気の多い。獣らしさは失ってないとみえる」 高坂はまだ幼さの残る顔に笑いをひらめかし、いなすように体を開いた。 直江は声を押し出すように吼える。 「貴様、いいかげん消えるがいい」 「難しいな」 笑う高坂を、立て続けに直江の放つ衝撃波が襲う。 飛び散る板きれを護身波で完璧に防ぎながら、高坂は笑いを納めない。 「毎夜聞こえるぞ、貴様の叫び。 血を吐いてもまだ呼ぶか」 「煩い!」 直江は鋭く一喝し、ひときわ強く『念』を放つ。 「馬鹿め、まだ幻を追うか」 唇をゆがめて、高坂は不可解そうに顔をしかめた。 直江はぎりりと奥歯を噛み締め、搾るように声を押し出す。 「覚えておけ、愚弄したものはどうなるかを」 その気迫に、高坂が一歩後じさった。 制服の半袖シャツに直江の影が映る。 いきなり鳩尾にくらった一撃で、高坂の華奢な体が吹っ飛んだ。 壁に頭を打ちつけ、床に崩折れる。 だが笑みをひらめかせ、高坂は壁に背をつけたまま立ち上がろうとした。 直江は乱暴に髪を掴み、もう一度、腹に一撃を加える。 高坂は体をくの字に折り、苦しげに息をしながらも、可笑しそうに声を漏らした。 「いいぞ、直江。お前はそれでこそお前だ」 「どういう意味だ」 「感情の赴くままに生きられぬお前など、お前ではない。 気が狂うまで、おのれの欲望を追うがいい」 直江は無表情なまま、高坂の体を床に投げ捨てた。 板の間に小さくバウンドしながら、高坂は頭を庇う。 直江は無意識に左手首を握っていた。傷が赤く盛り上がる醜い手首。 まだくすくすと笑っている高阪の腹を乱暴に蹴り上げると、直江はその白いシャツの襟元をつかみ、一気に引き裂いた。 手首を縛りあげ、直江が乱暴に白い首筋に噛み付く。 「私を代わりにするか」 高坂は笑いをうかべたまま尋ねたが、 「代わりなどと、笑止千万だ」 直江は吐き捨て、馬乗りになると上着を脱ぎ捨てた。 わざと乱暴に、その体をかき抱く。 押さえつけられ、時々痛みに顔をしかめながらも、高坂は笑みを浮かべたままだ。 だが直江は高坂の顔を見ることなく、その体のみに没頭しているふりをした。 高坂は、噛み付くように己の体に唇を沿わす、直江の頭を見下ろしている。 ふと顔を上げ、直江は自嘲のようににやりと笑った。 「私を哀れむか?」 高坂の表情がふと変わった。 悲しいような、その視線。 だが言葉は裏腹に、 「哀れむことさえ馬鹿馬鹿しいわ」 吐き捨てるように呟いた。 黒い目に月が映る。手に届かぬ孤高の姿。 月追う獣よ、私はおまえを追うけれど、おまえは私に目も留めぬ。 「せいぜい追うがいい、幻の影ばかり」 高坂の笑いは唇でふさがれ、噛み切られた唇から、ひとすじだけ血が流れた。 |