愛されすぎて怖い


 人の動く音、台所で。
 直江か誰かが来てくれたのだろうか。
 すこし楽になった頭をめぐらせ、枕もとの目覚まし時計を透かし見る。
 三時四十分。朝の?
 千秋が身動きしたのに気づいたかのように、真っ暗だった部屋の引き戸が開いて、リビングから蛍光灯の光が差し込んだ。
「こ、こーさか」
 かすれ声なのに、喉が切れそうになった。
「起きたか」
 逆光の中に佇む美貌の青年は、相変わらずつまらなさそうな声だ。
 行儀悪く足で引き戸を開け、何かをささげ持ってくる。
 目を疑って、千秋は思わず眉を寄せ、まだ重い頭を振った。
「……幻覚?」
「ぶっかけられたいか?」
 椀を手に、高坂は憮然と千秋を見下ろした。

 だるい上半身を起こして壁にもたれかかり、スプーンの冷たさを噛み締める。
 シンプルな五分粥に浮かんだ梅干は、丁寧に種がとってあって、すっぱさが喉に染みた。
 高坂はベッドにもたれかかって、暗い床に座っている。
 ひざを抱え込んで、つまらなさそうに物思いに沈む横顔。
 熱のせいで幻でも見ているようだ。
 リビングから差し込む光に溶けそうな、かがやく白い肌。
 千秋はスプーンを取り落とし、その音で振り向いた高坂の、唇の冷たさを吸うように口付けた。

 黙って高坂が台所に消える。
 水音が聞こえ始めたが、また眠気が襲ってきた。
 さっきのキスは長かった。喉が楽になっている。
 唇に残る感覚。
(夢のほうがいいのか、現実のほうがいいのか)
 千秋は判断がつかない。それは熱のせいだけでもなさそうだった。


>>>