小さな事件が解決を迎えたのは、その日の夕暮れ時だった。
そのまま打ち上げがてら新宿に繰り出して3軒目、いい加減、気持ちよく酒も回り始めたころ、トイレに立った。
席に戻ろうとしたが、最近流行りの隠れ家風がウリの居酒屋は見通しが悪く、結局店内を網の目みたいに走る通路をぐるりと一周させられているようだ。
行きとはあきらかに道順の違う通路をたどっていると、ふい、と人とすれ違った。
その顔に見覚えがあるような気がして、ふと立ち止まって振り返ると、先方もそうらしく、薄暗い通路に立ち止まってじっとこちらを見つめている。
薄闇に白い肌が映える。
「こ、高坂」
思わず酔いが醒めた。
それにしても格好がいつもと違う。
「え、高坂?」
ヤツは憎たらしくもかわいく首を傾げた。
「人間違いではありませんか」
(ぜってー高坂)
決定。千秋は唇の端を吊り上げた。
「あ、いまは新井君だっけ?」
「どちらさまです」
ブラックジーンズの後ろポケットに親指を引っ掛け、黒っぽいグレーのスウェット姿でにやにや笑う高坂は、要するにいま大学生に擬態中なわけだ。
足元に目をやれば、スタンダードなコンバースのスニーカーのかかとを潰して履いている。
「思い出せない?
ちょっと顔貸してもらおーか」
距離を詰め、高坂の顔を間近で見下ろしながら、千秋が低い声で言ったとたん、後ろから肩を掴まれた。
「困るよ、うちの研究生に喧嘩売ってもらっちゃあ」
振り向けば、いかにも腕自慢そうな、大学生風のいかつい男が立っている。
「奥村先輩」
高坂が嬉しそうな声音を作る。
「すいません違うんです、もともとぼくがふらっとしちゃったのが悪いんです」
(誰が『ぼく』、だ)
思いながらも、面倒はご免である。退却すべきタイミングだ。
「そうなんだ。
すいません、ちょっとこいつ飲ませすぎちゃって」
言いながら、奥村なる男は視線で千秋を牽制したまま、高坂と千秋の間に体を割り込ませてくる。
かわいい後輩を守る先輩、の図だ。
「まあいいよ、気をつけてくれれば」
千秋は言い捨てて、去り際、肩越しに高坂を振り返る。
高坂は嫌味に笑いながら、小さく指先で挨拶を送りやがった。
結局、直江たちが飲んでいるブースが見つからなくてもう一周したとき、
「ぼく、あの手の人に声かけられること多くて」
「いや、新井くんは仕方ないよー」
「そうだろーそうだろー」
高坂の声と、それに続く、がっはっは、という豪快な笑い声が聞こえるブースの前を、千秋は拳を震わせながら通り過ぎた。
(ちっくしょー、覚えてろ)