おもいだせるおもいだせない


「おっせえーよ!」
 やや飲みすぎの高耶が千秋を小突く。
 千秋は直江に非難の視線を送ったが、微笑して逸らされた。
 椅子に腰掛けながら、
「また高坂に会った」
 ため息混じりにそう言うと、
「あんた、高坂遭遇率高すぎィー」
 完全に酔っ払った綾子がけたけたと笑う。
「高坂がなんでこんなとこにいるんだ」
 直江がグラスに残った日本酒を開けながら尋ねると、
「あいつ、大学生らしいぜ」
千秋は飲んで忘れろとばかりにジンフィズを飲み干した。
「はー、こうさかがだいがくせい!」
「あんたははやく卒業しなさいよねー、でないと万年高校生になっちゃうわよお」
 とろんとした目でほぼ卓につっぷした格好の高耶の背中を
綾子がばんばん叩き、
「晴家、ちょっと手加減しなさい」
 と直江にたしなめられた。
「しかしあいつ、大学生って柄か」
「けっこういい大学ぽいぜ」
 大学名を知っているのはさすがにあやしいと思って伏せたが、
「くわしい!あやしい!」
 綾子にびしっと鼻先に指を突きつけられた。
(女の勘、サイテー)
 千秋は空になっているのを承知でグラスに口をつける。
氷がすべって唇にくっついて、記憶の端をくすぐった。高坂の冷たい唇。
 更にブルーを倍増させた千秋の表情をどうとったか、
「もう一杯だけ飲んで退散するか」
 直江がメニューを差し出して救ってくれた。
「えー、どうせ電車ないんだからさあ、朝まで飲んでこうよー」
 綾子が足をばたばたさせる。相当ごきげんだ。
「家までタクシーで送ってやるから」
 直江がたしなめても、綾子はぶんぶんと首を振る。
「タクシーの匂いがイヤ!」
「あ、おれもわかる」
 高耶がつっぷしたまま同意している。口がすでに回っていない。
「やだやだ、お子ちゃまは」
 千秋はその頭を押さえつけた。
 直江が呆れた顔でタバコに火をつける。
千秋は直江に向いて、
「お前、こっちでホテルとってんの?」
「ああ、高耶さんと一緒に」
「ちゃんとねーさん連れて帰れよ」
 千秋の低い声に、直江は微笑んだ。
「一応送るつもりだが?」
「うちの部屋には泊めねえからな」
 千秋はポケットをさぐって、自分もタバコを取り出した。
「あー、俺、千秋の部屋行ってみてえなー」
 高耶がにやにや笑って千秋に視線を送る。
千秋はタバコを咥えたまま、高耶の頭をぐりぐりテーブルに抑えつけた。
「あほか、誰が入れるか」
「ねえねえ、あたしも見てみたーい!」
「ダーメ!」
「別に泊まってかないからさあ!
一人暮らし、憧れちゃうー!
お宅拝見!
あはははははは!」
「あははじゃねえよ!
興味本位でおれの私生活を乱すなよ」
「いいじゃん!決定!」
 高耶がにゃははと笑いながら、綾子とハイタッチしている。
「どうすんの、この未成年アルコール漬け」
 うんざりしながら、千秋は前髪をかき上げる。
「お前の家の前まで送るってことでどうだ?
 どうせもう電車はないんだろう」
 直江が苦笑いしながら、高価そうな腕時計を覗き込んだ。
「それは助かるけど。
 でも絶対」
 千秋は眼鏡越しに、鋭い視線を直江に投げる。
「うちにゃー上げねえからな」
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