暗い玄関に、ぱっと明かりがついた。
「いらっしゃいませ」
 絣の生地で作った、くたびれたワンピース。どう見ても普段着の老婆が、のろのろと現れた瞬間、なんだか一瞬、いやな予感はしたのだ。
 昔は団体客も訪れたのだろう、作りだけは大仰なその旅館は、ロビーも階段も無駄に広いが、経費削減のためか明かりは最小限しか点けられていない。
 不安げにあたりを見回す千秋をよそに、直江がさっそく、
「4人泊まりたいのですが」
「へえ、大丈夫でございますよ」
 拍子抜けするほど、老婆は即答で快諾した。
 愛想のない顔を変えぬまま、
「台風で来られなかったお客様がいらっしゃいますから、ちょうどようございます」
「部屋は」
「二部屋大丈夫でございますよ。
 どうぞお上がりくださいませ」
 病院みたいな緑色のスリッパを出され、その年季の入りように、千秋の隣で高耶の眠気がふっとんだのが分かった。
「……なんか出そうな雰囲気よね」
 綾子がその耳元でささやくと、こくこくと頷いている。
 その声が聞こえたか、そのときはじめて、老婆はなぜかニヤリと笑って表情を動かした。
 思わず背筋がぞっとして視線をそらした千秋の目に、客用の靴箱に揃えられた靴が飛び込んでくる。
 物好きな先客がいるのだ。
 あるいは、台風で帰れないのか?
 カウンターで直江が宿泊カードを記入している間も、ロビーの破れかけたソファにあさく腰掛け、千秋たちは不安げにあたりを見回した。
ホコリまみれの鷹の剥製、木彫りの熊、ガラスケースの市松人形。主のいない水槽が、緑の苔もそのままに、うつろに棚に置かれている。
(まさか……底で金魚が干からびてたりして、)
 悪趣味な想像に突き動かされて、千秋が腰を上げかけたとき、
「お部屋にご案内します」
 老婆がいきなり咎めるような大声を上げた。
 ぎょっとして千秋が飛び上がるのを、直江が苦笑して見詰めている。
 千秋はそれをひとにらみしてから、帽子掛けにつるされた、ご当地名物でもない瓢箪ふくべの前でぼけっと突っ立っている高耶の背中を押す。
 老婆のまがった背中を追いかけ、四人はひとつとばしにしか蛍光灯の点いていない廊下の奥へ歩き出した。







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