エレベーターわき、自動販売機の類はしっかり電気が点っている。
 さすがに長風呂をして体が水分を欲しているが、
「こーいうときは、アイスでしょう」
 ひとりごちながらコインを投入したとたん、後ろからにゅっと手が伸びてボタンを押し、ごとん、と勝手にアイスが落ちてきた。
 翻った手首の白さ、見覚えがある。
「高坂……」
 もはや怒る気にもなれない。
 暗がりにあったベンチで休んでいたらしい高坂は、にやにやしながら腕組みして背後に立っていた。
 がっくりしながら、千秋はアイスを投げてやる。片手で受け取めて、高坂はにやりと笑った。
「てめえ、覚えとけ……」
 はなはだテンションを下げながら、やっぱりビールに趣旨を変えた。酔った幻覚ということにしてしまいたくなったのだ。
 千秋がプルタブをあけると、高坂はちいさくアイスを掲げて乾杯の意を表す。
 あまりにも白々しくて、千秋はフンと鼻を鳴らした。
 高坂といちごアイス。ファンシーすぎて涙が出るような組み合わせだ。
 薄暗い廊下、ふたりで並び立ってもくもくと、アルコールと着色料たっぷりのアイスクリームを消費する。なかなかハードボイルドな光景に思えなくもない。
 あまりにも手持ち無沙汰でふと視線をめぐらしたその先、エレベーターホールのすみっこに古ぼけた本棚を見つけて、千秋はぺたぺたスリッパを鳴らして近づくと、暗がりに浮かび上がる書名に目を凝らした。
 親の湯上りを待つ子供たちのためか、落ち合うカップルたちのためか、とにかく時間つぶしのために置かれていることは間違いない。
 確実に十年は前に完結した長編漫画の中途半端な三巻だけとか、時代錯誤な少女漫画とか、三年前の日付の週刊誌とか、眺めていくと最下段におもちゃ箱があった。
 『かならず かえしてね』老人がせいいっぱい子供に媚びたのであろう、ひらがなの文字が黄ばんで汚れている。中には携帯オセロとか、明らかに枚数の足りなさそうなトランプや、安っぽいプラスチックの将棋セットが無造作に突っ込まれていた。
 その中に見覚えのあるボードゲームの箱を見つけ、千秋は手を伸ばしてつかみ上げる。
 そのまま振り向くと、アイスを咥えたまま、眉を寄せている高坂とばっちり目があった。
「……やる気か?」
「やる気だ」
 即答したのは、半ば嫌がらせ。
 勝手にどうぞと言えないよう、千秋は視線を合わせたまま、
「まさか逃げないよな?」
 先手を打って聞いてやった。







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