朝もやの中を走るタクシーで、二人は始終無言だった。
高坂は外を眺めているのかと思いきや、長いまつげを閉じているようだし、千秋としても気だるくて、なにか話そうという気にもならない。
 初老のタクシー運転手も、このあとは車庫に帰るのか、さかんに欠伸を繰り返している。
 低く流れるAMラジオだけが、ひたすら元気に朝の挨拶をがなりたてていた。

 マンションに帰ったとたん、気が緩んだのか、どっと疲労が押し寄せてきた。
 風呂に入ろうとして振り向くと、先にずかずか上がりこんだ高坂は、コートも脱がずに丸まって、リビングのソファに沈んでいる。
幸い時期的に風邪は引かないだろうが、千秋はため息をつきながら、一応自分の上着をかけてやった。
見えにくくて分からなかったが、首の後ろに赤い引っかき傷があって、たぶん霊獣だか操られた動物かなにかに首を絞められたのだ。
 千秋は肩をすくめ、シャワーを浴びると、即効ベッドに倒れこんだ。

 ベッドのスプリングが軋んで目が覚める。まだ体は気だるく睡眠を要求している。
 ムリヤリ瞼を開けると、千秋が壁際に寝ているのをいいことに、濡れた黒髪が枕の上に横たわったところだった。
「……てめええ、何してやがる」
 ムリヤリ声を押し出したが、寝ぼけたようで迫力がない。
「寒くなってきたのでな。
 風呂を借りた、ちょっと休む」
 振り返って、高坂は妖艶に笑ってみせた。
ベランダから差し込む朝日とは対照的に、こいつは夜の魔物だ。
 舌打ちしたい気分だったが、危害を加えられる様子でなし、千秋は楽なほうに逃げることにした。
すなわち、安らかな眠りの腕へ。
 高坂がしばし真顔で、目を閉じた千秋の顔を見つめていたことには気づかないで。




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