次に目覚めると、もう部屋の中はオレンジ色の夕日に染まり、物陰には夜が宿るほどの時間帯だった。 布団のなかに温かさがあるので見下ろすと、闇に同化するように、小さな寝息が聞こえる。 思わず顔を近づけてみると、思いもしない至近距離に高坂の白い肌が浮き上がり、千秋は仰け反った。 (そうだ、こいつ) 思い出した。連れて帰ってきたのだ。 (叩き起こそうか) そう思って横顔を見つめたが、真剣に深い眠りについているようで、微動だにしない。 気配には聡そうなくせに、無防備なことだ。 起きようとしてつまづいた。手が上に上がらない。というか…… 「こ、こうさかああああー……!!!」 思わずうなり声が出た。 両手の親指に簡易的な霊枷。しかも輪ゴムだ。 左右の指を合わせて、うっ血しない程度に輪ゴムでまとめられ、呪がかけられている。 「おのれー……」 少し『力』を込めるだけで、ゴムは簡単にぱちんとはじけとんだ。 はっとして高坂が目を開ける。 暗闇の中でも、黒目がちの目が千秋を見上げるのが分かった。 「起きたか、安田」 「高坂、てめえ……一宿の恩義も忘れやがって――」 「なにかあったか?」 高坂は寝起きのとろんとした声で言いながら、ふふん、と鼻で笑った。 憎たらしい。 「てめえ、なんだこの輪ゴム。なめてんのか」 「なにかしないとも限らないだろう」 「なにか、だとう?」 千秋は、高坂の胸倉を掴もうとし――あ、と声にならない声をあげて動きを止めた。 「お前、怪我してんじゃん」 「はて、訊かれた覚えはないな」 しれっといいながら、高坂は寝返りを打って仰向いた。 勝手に千秋の服を着るのも悪いと思ったのか、バスタオルを巻いていたのが乱れ、肩口から腹にかけて、無数の引っかき傷が走っているのが分かる。 「手当てはしたのか?」 「放っておけば直る程度の傷だ。 武田の屋敷に帰ればまじないの札の類もあろう」 高坂は目を瞑ったまま鼻を鳴らす。 仰け反った首がやたらいやらしい。 「寝覚め悪ぃもん見ちまった、消毒くらいはしてやるよ」 切れたゴムをピン、とはじいて高坂の頬に当てながら、千秋は高坂を跨いでリビングに行き、薬箱を手に寝室に戻る。 高坂はまだ眠り足りないらしい。 (こんなバケモンみたいなヤツが、珍しい) 記憶を辿れば、確かにときどき体力のなさそうな戦い方をすることはある。 だが、だまされるな基本はバケモノだ、というのが夜叉衆全員の高坂への認識だ。 (そんなヤツに、俺はなにしてんだ) 思いながらも、千秋は布団をはいでタオルを脱がし、腹いせになるべく乱暴に消毒液をぶっかけた。 泡が立たないので、仕方なく小声で浄化の呪文を唱えると、傷からおびただしい毒気が出ていった。 古い霊の匂いがする。ひょっとしたら戦国よりもっと前。 ということは、そうとう根性のあるヤツだろうから、高坂とはいえかなり苦戦したのだろう。 高坂が小さくうめく。 暴れられると面倒なので、輪ゴムのお返しにベッドの下に垂れている腕はタオルで縛ってみた。 (うーん、淫靡だ) 見下ろして、腕組みしながら赤くなってしまう。 浅くはあるが無数の傷の赤さが白い肌に映えて、いやらしさを倍ぐらい増幅させている気がする。 高坂がまた呻きながら寝返りを打った。胎児のように丸くなる。 千秋はため息をついて布団を掛けなおしてやり、伸びをしながらリビングに戻った。 |