リビングでは、ソファの上に高坂の衣類がちょこんと載っていた。 意外にも几帳面に畳んであるが、タンクトップはずたずたになっていて、コートもよく見たら血飛沫がとんで泥まみれである。 移動させようと持ち上げたとたん、黒い皮財布が転がり落ちる。 拾い上げて、何気なく開いてみると、見覚えのある白いカードが挟まっていた。 (免許証だ) 生意気に持ってやがるのか。 千秋はまだ無免許の身である。 そっと抜き取ると、いつもの不遜な顔だちが青い背景にはまっていて妙に笑えた。 (新井公彦、か) 今の宿体の名前ははじめて知る。誕生日は1月18日。千秋と同じ学年だ。 (ちゃんと名前、あるんだ) 本籍は京都になっている。 あれ、と思ったとたん、足元にもう一枚、プラスチックのカードが滑り落ちた。 拾い上げると、都内の某有名国立大学の学生証だ。 (なぬ!!T大?) 思わず目を疑った千秋である。 専攻は考古学、となっていて、浪人せずにストレートで入学した計算の学年が記されていた。 考古学。あの涼しげな顔で炎天下、軍手はめて、麦わらかぶってスコップ持ってんのか。 千秋は己の貧困なイメージに思わず一人、笑いをもらした。 と、人の気配で振り返る。 ドアの入り口に、憮然とした顔の高坂が立っていた。目がとろんと腫れぼったいが、表情にキレが戻っている。 「なに人の学生証で笑っている」 「いやお前、大学生ってクチかよ」 言いながら、千秋は財布に免許と学生証を戻し、高坂に投げてやる。 片手にタオルをつけたまま、高坂は器用にそれを受け取った。 「腕の、取れば」 「安田がSMプレイを得意としてるとは意外だったのでな」 「あてつけかよ。 シャツ貸してやっから座ってろ」 体がよろよろしている気がして、思わず気遣って、またお人よしだなと自分で思う。 箪笥から引っ張り出して投げ渡したシャツを素直に羽織りながら、高坂は深くソファに腰掛けた。 千秋がその背に、 「コーヒー飲むか」 「いただこう」 言いながら高坂は目を揉んでいる。 「しかし、考古学?お前さんが」 「浅いな、安田の。 史跡関係の異変は研究者同士のネットワークの情報がいちばん早い」 「戦国が専門なわけ?」 「地層は重なっているからな。それだけが専門というわけでない」 高坂は勝手にテーブルの上のリモコンをいじり、TVをつけた。夜のニュースが始まっている。 「あ、出たな」 千秋は舌打ちをした。 『新宿で早朝、道路陥没事故』。 高耶の力がうっかり飛びすぎて、結界の中とはいえ、地面に大穴を空けてしまったのだ。 だが高坂は、いくつかチャンネルをまわしてNHKのニュースをつけた。 『遺跡土砂崩れ 1人死亡』 テロップが出るのを、膝に頬杖をついて眺めている。 その横顔に、千秋は湯気のたつコーヒーカップを差し出した。 「なに、お前さんの仕業」 「ちょっとしたお節介だ」 言い返す高坂の声に張りがない。 そっと伺うと、疲れたようなまなざしが、映し出された土砂崩れの映像に注がれて止まっていた。 アナウンサーの読み上げる簡単な遺跡の説明を聞きながら、千秋は高坂の隣に座って足を組む。 「ずいぶん旧いのを相手にしたな」 「怨将が暴れるのに触発されて目覚めたと見える。 顔見知りと言えなくもないのでな」 「はあ?」 「おかしくあるか、千年以上前からあそこにいる怨霊だ。 貴様などよりはるかに年上だぞ」 流し目で揶揄するように言われて、千秋はなるほどと首を竦める。 「ま、俺ら、基本は戦国時代のやつしか相手にしてないからな」 「まあ、闇戦国というくらいだからな。 安田、もう一晩泊めてくれ」 「ああ」 流すように返事して、ぎょっとした千秋である。 「はあ?なんて言った、今?」 「一晩泊めろ。適当に礼はする。 このままでは武田には帰れぬからな、匂いを落としていく」 「うちにかよ!」 「もう一晩寝れば、体に残っている気配も落ちよう」 怪我のことを言っているのだ。穢れた血が運ぶ匂いが、高坂の立場を悪くすることでもあるのか。 戦国の世の再現ならば、武田の屋敷とて、味方だけとも限るまい。 「高いぜ」 「礼は何なりと」 高坂は言いながら目を閉じた。ほんとにやられてやがる。 「あー、じゃあ、その……腹減ってる?」 立ち上がりながら訊いてしまう。われながらホントに弱弱しいものに弱い。 「いや」 言いながら、足をまげて、膝を抱え込む。 千秋は目を丸くした。その間にも、高坂は力なく肩をすぼめ、体をちぢこめて…… 「どうした、具合悪いのか」 思わず駆け寄った千秋に、高坂は凄みのある声を出した。 「寄るな。伝染るぞ」 「伝染る?」 言われてのけぞった。高坂の体から、すさまじい冷気が立ち上っている。 げ、と思わず千秋は後退さった。 「お前、なに持ち込んでんだ……!」 「千年前の悪霊の残留思念だ。 なに、もうすぐ成仏する」 「馬鹿じゃねえのか!」 千秋は言いながら、あわててソファの背にかけてあった上着を高坂の細い肩にかけてやった。 目の当たりにしながらも意外な思いが強い。 計算高い高坂が、面倒以外の何者でもない、そんなもう実体もないものの『想い』だけを抱え込み、あまつさえ宿体にまでダメージを与えるなど。 高坂の顔が膝に埋まる。寒さからなのか、がたがたと震えが止まらないのに業を煮やし、抱き上げてベッドに運んだ。 |