サイレンス



 街は不穏な空気に満ちている。
 空模様は、今しも雨が落ちてきそうな曇天だ。
 電車を待つホーム、千秋は眉を寄せて上を見上げていた。
 間に合えばいいが、間に合わないかもしれない。
 湿気が余計に苛立ちを倍増させる。
 と、尻ポケットにつっこんでいた携帯がブルブルと震えはじめた。
 タイミング悪くホームに滑り込んできた電車に舌打ちしながら、千秋は携帯のアンテナを歯で伸ばした。
「もしもし?」
『安田か』
 落ち着いたトーンの声にぎょっとして、千秋は思わず携帯の液晶を確認した。
 そして、うんざりしたように前髪をかき上げる。
「……なんで俺の自宅からかかってんだろうな」
 電話の向こう、押し殺した笑いが聞こえる。高坂め、また不法侵入だ。
『雨が来るぞ。ベランダの、入れて置いたほうがいいのか』
「は?」
 思わず耳を疑い、千秋は素っ頓狂な声を出した。
「ベランダの、って」
『洗濯物しかないだろう』
 高坂の落ち着いた声音はいつもと変わらない。
「あ、ああ、そうしてくれると嬉しいんだが、……どういう風の吹き回しだよ」
『かわりに風呂を借りるぞ』
 ぶつ、と一方的に電話が切れた。
 また泊まってく気だ、この気まぐれ外猫。
 だが、ひとつ懸案はクリアされた。
 千秋は嬉しいような嫌なような、複雑な気持ちでもう一度電車を待つ列についた。


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