サイレンス



 マンションの最寄り駅に電車がつくころには、空気を揺らして遠雷が聞こえ始めていた。
 とりあえず電車の中で忘れ物らしきビニール傘を拾ったから、まだ小降りの雨はなんとかクリアだ。
 早足で坂を下り、マンションへ向かう。途中、思い出してタバコを買い足した。
 ドアを開けると、リビングに電気が煌々とついて、TVの音が流れている。
 ため息をひとつついてから、見覚えのある細身のショートブーツを行儀悪く足で隅に寄せ、千秋はスニーカーを脱ぎ捨てた。
 リビングに入ると、
「帰ってきたか」
 ソファに寝そべった高坂が、赤い唇でニヤリと笑った。
「お前、勝手知ったる人の家だな」
 千秋は思わず脱力する。
 高坂は干してあった洗濯したての千秋のTシャツを着て、もうすでに風呂はすませたらしい。
 洗い髪がつやつやと照明を反射している。
「労働の対価と言ってもらおうか」
「労働だあ?」
 いいながら振り向くと、寝室の床に丁寧にたたまれた洗濯物が並べられていた。
 うぐ、と言葉につまった千秋である。
「……お前が畳んだの?」
「貴様、家事ごときにいちいち式を呼ぶのか?」
 面倒くさそうに高坂は応える。視線はTVの画面だ。
 なんでこう人の気力を削ぐんだろうか、千秋はぐったりしながら、ベランダに歩み寄った。
 大粒の雨が滝のように降り始め、雷の音も刻々と近づいている。
「良い時に帰ってこれたな」
 高坂がその背中に声をかけた。
「まだ小降りだったからな。
 さて、メシでも食うか」
「手伝うか?」
 高坂の声に、千秋はすっぱいものでも食べたかのように嫌そうに目を細めた。
「なんで今日は協力的なんだ?」
「今日の気分だ」
 相変わらず竹を割ったような返答だ。
 からかうような目元の笑いに、千秋はまたため息をついた。

 千秋の適当レシピで作成したトマトソースのスパゲティは、腹いせにがんがん鷹の爪をぶち込んだのが効いたのか、高坂はさかんにむせてざまあみろだった。
「なに、辛いの苦手?」
 意地悪して訊いてやるが、
「そうでもない」
 なんて涼しい顔なのがおかしい。
 でもごほごほ言うのがあまりにも可哀想になって、コップの水を足してやった。
「俺はビール飲もっと」
 食べ終わった皿を片付けるついでに千秋が冷蔵庫に駆け寄ると、いつのまにかビールが六本増えている。
「おい、どういう風の吹き回しだよ」
 思わず不穏な声が出るほど珍しいことだ。
 コップの水を飲み干しながら、高坂は上目遣いにニヤリと笑って、
「ちょっと長めに世話になる」
 千秋は脱力してしゃがみこんだ。

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