from your sweet.
 音に気づいたのは千秋だった。
「あれ?お前、携帯持ってたっけ」
 どこかでブルブルと震える音がしている。
 耳が慣れていなければ、音がしていることさえ分からないぐらい小さな音。
 千秋の部屋に着いたばっかりの高坂が、ぱたぱたと体を探り、コートのポケットから黒い端末を取り出した。
 千秋は後ろからにゅっと首を突き出し、
「あ、切れたな」
 といいながら珍しげに高坂の手の中におさまる小さな機械を見下ろした。
「留守電入ってるっぽいぜ。
 聞けば?」
「いや」
 高坂は携帯を畳むと、ポケットに仕舞って立ち上がった。
「一度戻る」
「あ」
 ピンときた千秋はニヤリと笑って、高坂の前に立ちふさがった。
 高坂がむっとしてその顔を見上げる。
「どけ」
「お前、使い方わかんねえんだろ」
 高坂は、上目遣いに嫌そうな顔をした。
 ちょっかいをかけられた猫の顔だ。
「教えてやってもいいぜ」
「結構」
 ぷい、と顔をそむけるので、
「意地張るなよ」
 千秋のいじわる回路に火がついた。高坂は完全に劣勢だ。
 身長差を利用して、千秋が覆いかぶさるように近づく。
 じりじりと後退するのを寝室に誘導して、後ろ向きにベッドの間際まで追い詰めてつまずかせ、体勢を崩したところを押し倒して、
「見せてみ」
 コートのポケットに手を突っ込んで勝手に携帯を取り出した。
「あ、ソニーの新機種じゃん。
 さすが武田の重臣、結構いいやつ使うんだあ」
「返せ」
 憮然として伸ばす細い手首を捕まえる。
「履歴見ちゃおうかな」
 暴れるのを押さえつけるには、互いの宿体の体格はちょうどよかった。
「なにこれ」
 ジョグダイヤルを操作しながら、千秋はぷぷっと笑いを漏らす。
「こんだけ履歴あるのにアドレス帳に入ってないじゃん。
 お前、さては機械オンチだな」
「不自由しないから問題ないだろう」
 開き直ったようにぷいとそっぽを向き、ふくれる高坂の頭を、千秋は体の下に敷いたまま、ぐりぐりと撫でてやった。
「おにーさんが設定してあげましょう。
 高いけどね」
「迷惑な押し売りだな」
「いや、感謝するって絶対」
 言いながら、千秋は全身の体重と片手で高坂を押さえつけつつ、右手で器用に携帯を操作する。
「お、この留守電入ってるの、ナンバーが東京03じゃないぜ」
「おおかた甲府だろう。
 用件はだいたい想像がつく」
「まあ、思念波しかなかったころよりは便利だな」
「そうかな」
 高坂がふと遠い目をして動きを止めた。
「思いついたら、どこにいようと話したい相手と話ができるというのも問題だと思わないか」
「そっか?」
「何故話したいのか、その理由を考える前に言葉が伝わる。
 思念波もそうだろう。感情的に過ぎるとただの迷惑だ」
「まあ、お前さんくらい感覚が鋭けりゃそうかもね」
 言いながら、千秋は鼻歌まじりに携帯をいじくる。
「だっせえ、ほとんど初期設定のままじゃん。
 この何件もかかっててちゃんと取れてるのは誰?」
「誰でもいいだろう」
「音はいっつもマナーモードなわけ?」
「……」
「キータッチの音、消しとく?」
「……」
 黙っているのは分からないからのようだ。
 高坂は千秋の下で目を閉じて、瞼をぴくぴくしながら眉間の皺を深くしている。
「ちょっとは文明の利器にも歩み寄ろうぜ、公彦クン」
 千秋は意地悪に笑って、高坂の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた。
「煩いわ」
 カッ、と一喝するが、千秋にはそんな高坂もかわいいだけだ。
(ふはは、たまには困ってみやがれ)
 千秋はにやにやする口元と、やる気なさげに抵抗する高坂を押さえながら、その携帯を握り締め、器用に指を動かした。

 翌日、都内某所のビルエントランス。
 高坂は近寄ってきた人物の顔を認めて手を挙げた。
「甲府からご足労なことだ」
「いえ、」
 目立たない、どこにでもいそうなサラリーマン風の男が、書類ケースから一通の封書を取り出した。
 鵺がわざわざ信玄からの書状を届けに来たのである。
 呼び出せば事足りることなのに、信玄は相変わらず高坂に筆でしたためた手紙を送るのが好きなようだった。
 高坂がそれを受け取った瞬間。
 たりらりらーん、たりらりらーん、と至極能天気な曲が流れ始めた。
 一瞬固まった高坂に、
「高坂殿、鳴っておりますぞ」
 鵺が高坂のコートを指差す。
 高坂は眉を寄せながら携帯電話を取り出した。
 液晶画面、輝く着信名は『ユアスイートハニー』。
 目を三角にした高坂が、路上に携帯を叩きつけたのはその直後のことである。



◆ウェブ拍手より頂いたリクエスト、
>何か一転して鬼畜な千秋とプライドずたずたの高坂とか
でしたー。
鬼畜っていうより只のいじわるですか?
という雰囲気ですが……
楽しんでいただけますと幸いです。

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