人が歩いた形跡を辿り、 急斜面といえば急斜面な坂を上って ようやく本丸へ。 さっきの看板からそう大して距離はないですが、 靴はちゃんと運動靴を履いてきて正解です。 粘土質っぽいぬめる地面なのと、 岩みたいな赤い地盤がむきだしになっていて 滑る人は滑ります。(滑った人=自分) 上りきった場所はちいさなあずまやが建っていて、 涼しい風が「鮫ヶ尾城」の旗を翻していました。 眼下にふもとの風景が広がります。 春日山は木で見えなかったけど、 恐らく数百年前、ここで空を焦がした煙は あちらから見えていただろうと思われます。 そこで一つの時代の終わりを感じた人もいただろう。 確かにここで消えた『歴史の可能性』がある、 という感慨に浸れる場所でした。 |
![]() しかしミラージュ読んで約20年(※四捨五入で) ここに来る日がくるとは思わなかった |
![]() 掘切の跡を道にするのはやめたほうがいいと思う (本来、障害なんでは……) でも城跡はよく掘の跡が道になってますね |
写真を撮るのが躊躇われてただ眺めるだけでしたが、 米蔵の後はほんとうに黒焦げのお米が落ちていました。 そしてふと首をめぐらすと反対側に深い藪……(左図) 登山だ……これは登山だ! なめちゃだめだ! 翌日のイベントのために頂上へ旗を立てに来た方に、 「さっき道がふたまたに分かれていた場所は どちらから降りれば安全か」伺ったところ、 やはり右側は藪に飲まれて道がなくなっているとのこと。 元来た道を戻りつつ、景虎清水も見学。 下山したあとは管理棟の方にお茶をごちそうになりました。 そこで伺うと、 管理棟のある西方面は味方の勢力範囲なので あまり人工的な遺構はないのですが、 反対側に降りるほうはこの地方の築城の特徴を よく残しているそうです。 でも今は全て藪の中。 写真を撮らなかったのがたいへんくやまれるのですが、 管理棟のガラスケースでもおにぎりを展示していて、 「かなり貴重なものじゃないんですか?」と尋ねたら 「いや、実は300くらい出土したんです」とのことでした。 はじめは形がなくてあまり話題がなかったのですが、 掘りすすめるうちにちゃんとした形になったものが出て 話題になったそうで(『めざましTV』も取材にきたらしい) 今はここを国指定の史跡にするため頑張っておられるとのこと、 影ながら応援したいと思います。 |
|
◆行こう、あの海へ篇◆ |